仕事から帰ったあとの一時間を積み重ねて、ようやく長編を最後まで書き上げたとき、うれしさと同じくらい不安がこみ上げてくることはないでしょうか。
このまま公募に出していいのか、それとも誰かに一度読んでもらうべきなのか、迷ってしまいますよね。
家族にも創作のことは話していないし、ネットに公開するのも違う気がして、ココナラの小説添削を開いたものの、出品者の多さにそのまま閉じてしまった方もいるかもしれません。
この記事では、小説添削を「誰に読ませるか」という視点から、身近な創作仲間、書き手の出品者、元編集者、現役の作家という読み手ごとの違いを比べ、公募前にどう使い分ければいいかを書いていきます。
一次選考で落ち続けた人が、本当に知りたかったこと
たとえば、30代の会社員で、公募に三回続けて応募し、三回とも一次選考を通らなかった方がいたとします。
公募によっては選評が公開されることもありますが、応募した作品一つひとつに講評が返ってくることは多くありません。
そのため「文章が読みにくいのか」「話がありきたりなのか」「そもそも応募先が合っていないのか」がわからないまま、次の作品に取りかかることになります。
この方が欲しかったのは、ほめ言葉でも厳しい採点でもなく、落ちた理由の見当だったのではないでしょうか。
友人に読んでもらうと「面白かったよ」と言ってもらえて救われる一方で、何を直せばいいかは見えてきません。
感想と指摘は別のものだということに、応募を重ねるほど気づかされていくのかもしれません。
自分の小説を人に見せる怖さの奥には、「理由もわからないまま落ち続ける」ことへの、もっと大きな怖さがあるのかもしれません。
小説添削の読み手は、立場によって見ているものが違う
ココナラで小説添削を探すと、同じ「添削」という言葉でも、読み手の立場によって返ってくる内容がかなり違います。
大きく分けると、実作経験のある読書家や書き手、元出版社の編集者、受賞歴や選考経験のある現役作家という三つのタイプがあります。
読書家や書き手の出品者は、誤字脱字や日本語の誤用、主述のねじれ、読点の位置に加えて、設定の食い違いまで拾ってくれることが多いです。
ある出品では、冒頭で右の頬にあったほくろが後半で左の頬になっている、といったストーリー上のミスまで確認項目に挙げていて、1万字まで3,000円、超えた分は1,000字ごとに300円という設定になっています。
公募前の最初の読み手としては、費用を抑えながら「読みにくさ」をつぶせるのが強みです。
元編集者の出品者は、文章そのものより、作品の強みと弱み、構成の組み立て、読者に届く形になっているかといった視点で講評することが多くなります。
受賞歴や選考経験のある現役作家になると、選考で読まれることを前提にした講評が期待できる一方で、原稿用紙100枚以内で15,000円のように金額も上がっていきます。
ココナラのカテゴリページでも、長編の詳しい添削や公募に向けた講評は1万〜3万円、編集者による本格的な講評などは3万〜5万円が目安として示されています。
読書家・書き手は「読みにくさと矛盾」、元編集者は「作品の強みと構成」、現役作家は「選考で読まれたときの印象」を中心に見ます。どの読み手を選ぶかで、同じ原稿から返ってくる答えは変わります。
あなたの原稿に今いちばん足りないのは、どの読み手の目でしょうか。
創作仲間や文章講座ではなく、ココナラで小説添削を頼む意味
身近な創作仲間に読んでもらう方法は、費用がかからず、何作でも続けて読んでもらえるのが魅力です。
ただ、関係があるからこそ厳しいことを言いにくく、感想が好みの話で止まってしまうこともありますよね。
文章講座や創作教室は体系的に学べる一方で、講座によっては決まった期間やカリキュラムに合わせる必要があり、「この一作を公募前に見てほしい」という使い方には合わないこともあります。
ココナラの小説添削は、その間を埋める使い方ができます。
一作品単位で、利害関係のない読み手に原稿を見せられ、読み手の経歴や対応ジャンルを出品ページで確かめてから選べます。
講評を受け取ったあとに質問できる出品もあり、ある現役作家の出品では、納品後に質問を3往復までできるアフターフォローがついています。
指摘の意図を確かめてから直せるので、講評を読んで途方に暮れる、という事態を避けやすくなります。
純文学と異世界転生ものは受け付けない、30万字を超える作品は対象外、といった条件を書いている出品もあります。
条件を確かめる数分は、原稿を書いてきた時間に比べればほんのわずかですが、頼んだあとの行き違いはそれだけでぐっと減ります。
仲間にも講座にも見せにくかった一作があるなら、それを見せる場所としてちょうどいいのかもしれません。
講評に振り回されないために、依頼の前に伝えておくこと
一方で、小説添削には特有の難しさもあります。
講評はあくまで一人の読み手の意見で、出品者の好みや得意なジャンルが指摘に表れることがあります。
思っていた以上に厳しい言葉が並び、しばらく原稿を開けなくなってしまう方もいるようです。
長編を丸ごと見てもらうと費用も日数もかさみ、公募の締切直前では直す時間が残らないこともあります。
こうしたずれは、依頼の前に伝えることでかなり減らせます。
応募を考えている公募の傾向、作品でいちばん読んでほしい部分、そして「どこまで率直に言ってほしいか」を最初のメッセージに書いておくと、出品者も講評の軸を合わせやすくなります。
長編なら、冒頭の1万字とあらすじだけを先に見てもらい、選考で最初に読まれる部分の印象を確かめるという使い方もできます。
一人の講評に振り回されそうなら、タイプの違う二人に同じ冒頭を読んでもらい、どちらからも指摘された箇所から直すのも一つの方法です。
講評は作品への判決ではなく、公募の選考より先に届いた、一人の読者の反応です。
厳しい言葉のなかに一つでも「たしかに」と思える指摘があれば、それだけで次の原稿は変わっていくのではないでしょうか。
小説添削は、公募の前に「最初の読者」を選ぶこと
小説添削を頼むことに、「自分の力だけで書けていない」という後ろめたさを感じる方もいるかもしれません。
けれど、書いた文章に手を入れるのは最後まであなた自身で、出品者がするのは、読んで感じたことを言葉にして返すことです。
プロの作家にも担当編集者という最初の読者がいるように、作品が選考という見知らぬ読者に届く前に、一人の読者の反応を知っておくことは、書き手としてごく自然な準備です。
ココナラの小説添削を使うことは、原稿を誰かに委ねることではなく、どの読者に最初に読ませるかを自分で選ぶことなのだと思います。
読みにくさをなくしたいのか、構成を見直したいのか、選考で読まれたときの印象を知りたいのかを考えると、選ぶべき読み手は自然と決まってきます。
書き上げたばかりの長編を、最初に誰の手に渡したいか、少しだけ想像してみませんか。
小説添削は、読み手の立場によって返ってくるものが変わります。読みにくさや矛盾をつぶしたいなら書き手の出品者、構成や強みを知りたいなら元編集者、選考での印象を知りたいなら現役作家と、目的から読み手を選ぶと講評が生きてきます。添削を頼むことは作品を手放すことではなく、公募の前に最初の読者を自分で選ぶことです。
作品を人に見せることへのためらいが消えないときは、頼ることと委ねることの違いについて書いた記事もあります。